第1章 第2節 在宅勤務の導入プロセス

第2節 在宅勤務の導入プロセス

千鳥ヶ淵研究室 研究員 遠藤恵

本節では、テレワークを導入するためのプロセスおよび、推進体制をどのように策定することが望ましいかについて述べることする。
テレワークの導入の大まかなプロセスとしては、次の通りである。なお、本節では「雇用型」契約形態を前提に解説する。

【テレワーク導入のプロセス】

      1. 導入の目的の明確化/基本方針の策定
      2. 推進体制の構築/社内の合意形成
      3. 対象業務の選定や業務分析
      4. 導入に向けた具体的ルールの策定
        (1)対象者の選定
        (2)形態
        (3)労務管理制度の見直し
        (4)システム・就労環境の整備
        (5)教育・研修等
      5. 試験的導入と推進のための評価と改善

1、テレワークの導入目的の目的の明確化、基本方針の策定

総務省の「平成29年通信利用動向調査」によると、テレワークの導入目的は、1位が勤務者の移動時間の短縮、2位が定型的業務の生産性の向上、3位が勤務者のゆとりと健康生活、4位が通勤弱者への対応といったものが上位にあげられる。コロナ禍の現在であれば、「感染予防のため」といった目的も考えられるであろう。

上記の導入目的が大半を占める結果となるが、実際に企業が導入の目的として設定した事項を実現化させるためには、企業の経営方針と目的が密接にリンクしていることが成功の基礎となるのではないか。そのため、テレワークの導入目的を経営トップ自らが従業員に明確にし、理解させることが望まれる。テレワーク導入の早期段階から、目的を社内で広く共有し、全社で関心と協力、理解を得られるように導入を進めることが成功の鍵といえよう。

2、推進体制の構築/社内の合意形成

テレワークの推進にあたっては、導入推進部門、いわゆるプロジェクトチームを結束し、一丸となって施策を推進することが重要である。参画部門は、経営企画部、人事・総務部、情報システム部門、導入対象部門など横断的な体制作りが望ましい。今後、導入の検討にあたり、セキュリティに関するルールの策定など部門を超えて議論する必要があるからである。なお、人事部門がいかに導入の必要性・重要性を主張しても、導入部門の責任者の協力・理解がないとテレワークの導入が難航することも予想されるため、当該プロジェクトチームの取りまとめ役、いわばリーダーには、導入部門のトップに努めてもらうことも最適である。

3、業務分析による現状業務の把握

プロジェクトチームが主体となり、現状の業務分析を行い、テレワーク導入の対象業務の整理を行う。この際、「業務」単位で整理を行うことが重要である。まず第一に、業務全体の「洗い出し」を行い、テレワークで実施しやすい業務と実施しにくい業務を整理することである。業務の「洗い出し」は、次に述べるような観点で行うことが考えられる。導入時にテレワークでできる業務を特定することは、導入後の普及拡大に向けた課題を明確にすることに繋がる。

①業務時間
業務にかかる時間はどれくらいか。

②使用する書類
どのような書類を利用しているか。その書類の媒体は、紙か電子ファイルか。

③システムやツール
テレワークでも実施可能なシステム・ツールが揃っているか、セキュリティ環境は万全か。

④個人情報の有無
業務上取扱う個人情報など、漏洩リスクの高い内容のものは含まれているか。

⑤コミュニケーション量
業務は何人で行うか、関係者とのやり取りの頻度はどれくらいか、テレビ会議システムにおいて対応可能か。

 

これらを分析したうえで、現状の業務を次の通り分類する。

①現状でテレワーク可能な業務
例:入力作業、データの修正・加工、資料の作成、企画など思考する業務

②対策次第では実施可能な業務
例:紙媒体での帳票を扱う業務、会議・打合せ・社外との調整が可能な業務

③実施困難な業務
例:物理的な操作を必要とするオペレーション業務

4、導入に向けた具体的ルールの策定

(1)対象者の選定

最終的には、テレワーク導入の目的に応じてテレワークの利用を希望するすべての従業員が、業務の種類にかかわらずテレワークを実施できることが理想である。新たにテレワークを導入する段階では、効果の検証がしやすいよう、また従業員・社内の理解も得られやすいという側面から、職種やライフステージ(育児を担う従業員等)などを踏まえて対象者を選定することも有効と考えられる。対象者の選定に当たっては、関係者の理解を得られるよう、明確な基準を設けることが重要であり、その基準については実施に条件を設けることで、その後のテレワーク推進が円滑に行われるきっかけとなる。特にライフステージに関係した利用ルールや対象者の制限を設ける場合、テレワーク対象者の利用ニーズと、企業がテレワークを導入する目的との均衡が重要となるため、まずは対象の従業員にニーズ調査を行うべきである。

なお、対象者を制限した場合でも、対象者が実際にテレワークを実施するかどうかは、本人の意思によることが望ましく、例えば、導入段階においては、対象者の基準を設けた上で「社内でテレワークを実施してみたい従業員を募る」という試みをしてみるのも一考である。この際、自立して職務を遂行できない従業員には在宅での勤務は困難という認識から、入社2年目までの社員は対象外とするなど、職階によって対象者を限定する場合もある。

(2)テレワークの形態

テレワーク形態は、第1節でも取り上げたように、①在宅勤務、②モバイルワーク、③サテライトオフィス勤務の3つにモデル類型化されており、いずれの働き方を導入するのか企業は決定しなければならない。本節においては、最も主流である①在宅勤務型を取り上げる。

在宅勤務型は、通勤時間を完全になくすことができる「週1~2日出社しないで行う終日在宅勤務」を示すことが多い。「顧客との打ち合わせ後に在宅勤務」「在宅勤務後に出社」など1日の一部の時間を使って行う部分在宅勤務は、通勤・移動時間を完全に削減することはかなわないが、無駄な移動を削減することができる効果が期待できる。終日在宅勤務のためのICT環境、セキュリティ、制度・ルールの整備を行うことができれば、当然に部分在宅勤務を行うことができ、働き方の選択肢が柔軟になる。

在宅勤務制度というと、多くの人は毎日在宅で仕事をすると想定しがちだが、日本の企業の場合は、週1日か2日の在宅勤務を導入している例も多くある。そのため、必ずしも毎日を在宅とせず、週のうち数日間を対象とするなど柔軟な方法で導入ができるから、試験的導入は行いやすいといえる。

(3)労務管理制度の見直しの必要性

テレワーク時には、従業員が通常の勤務と異なる環境で就業することになるため、労働時間の管理方法や、業務管理方法等労務管理について改めて確認し、ルールを決めておくことが必要である。労務管理には、始業・終業時刻の記録・報告を行う勤怠管理、業務時間中のプレゼンス管理(在席管理)、業務遂行状況を把握する業務管理の観点が含まれる。

ほとんどの企業の場合、試験的導入の段階では、労務管理制度を特に変えていないこともある。週に1日や2日の在宅勤務であれば外出や出張とさほど変わらないため、特段の支障がないからである。ただし、従業員の勤怠状況を管理するために、始業・終業のルールは試験導入時にも必要な内容として、始業・終業時にはメールや電話で上司に連絡をするなど具体的に取り決めることが必要である。

 

5、社内制度・ルールの整備

①テレワークの利用者登録方法

テレワークの利用者について、どのようなルールで利用者を募るのか、承認者は誰になるのかといった内容の整備があげられる。加えて、日常の利用申請の方法についても、1週間前までに申請・承認を得るのか、前日まででよいのか、など定めておくことが必要である。

②費用負担

自宅でテレワークを実施する場合に必要な通信費や光熱費、ICT機器などの費用負担については、あらかじめ労使で十分に話し合い、就業規則などに定めておくことが望ましい。企業によっては、インターネット環境などはほぼすべての家庭で導入していることから追加負担も発生していないとして補助を見送ることもある。音声通話については、携帯電話を会社で支給したり、個人宛ての請求を私的利用と会社利用に分けて請求するシステムを導入している例がある。ICT機器については、会社支給のもののほか、BYOD(Bring Your Own Device)で個人のPCをリモートアクセスで利用することもある。光熱費については、企業によって若干の違いあるものの、多くの場合は自己負担としている例が多いとされているが、在宅勤務の日数が多いという状況では、会社からの補助を検討する余地がある。通勤費については、テレワークの頻度によって検討すべきであり、週に3日以上在宅勤務するような場合は、定期代ではなく、都度実費として精算した方が通勤費用の実態が伴い合理的とする考えもある。また、文具、備品、宅配便等の費用については、通常企業に勤務している場合、文具消耗品については会社が購入した文具消耗品を使用することが多い。切手や宅配メール便等は事前に配布できるものはテレワーク実施者に渡しておき、会社宛の宅配便は着払いにするなどの対応ができる。やむを得ずテレワーク実施者が文具消耗品の購入や宅配メール便の料金を一時立て替えることも考えられるが、この際の精算方法等もルール化しておくことが必要となる。

③労働基準法の適用

在宅勤務、モバイルワーク、サテライトオフィス勤務のいずれのテレワーク時においても労働基準法は適用される。そのため、労働条件の明示、労働時間の把握、業績評価・人事管理等の取扱い、社内教育の取扱いなど、必要であれば適宜規定の見直しなどが求められる。

A、労働条件の明示

 事業主は労働契約締結に際し、就業の場所を明示する必要がある(労働基準法施行規則5条2項)。そのため、例えば在宅勤務の場合には、就業場所として従業員の自宅を明示することが求められる。

B、労働時間の把握

 使用者は、労働時間を適正に管理するため、従業員の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録しなければならないとされている(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準・平成13.4.6基発第339号)。なお、通常の労働時間制、フレックスタイム制のほかに、一定の要件を満たせば事業場外みなし労働時間制、専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制も活用できる場合がある。

C、業績評価・人事管理等の取扱い

 業績評価や人事管理について、会社へ出社する従業員と異なる制度を用いるのであれば、変更の程度により不利益とされることも想定される。そのため、その取扱い内容を丁寧に説明しておく必要がある。また、就業規則の変更手続が必要となる(労働基準法89条2号)。

D、社内教育の取扱い

 在宅勤務等を行う労働者について、社内教育や研修制度に関する定めをする場合にも、当該事項について就業規則に規定する必要がある。

④システムの準備(セキュリティ面の担保など)・就労環境の整備

ア)システムの準備(セキュリティ面の担保など)

 セキュリティ管理については、リモートデスクトップ方式や仮想デスクトップ方式(VDI)、クラウドサービスなどを利用すれば、社外であってもセキュリティ面を確保した上で業務遂行することが期待できるとされている。また、コミュニケーションについてもテレビ会議システムやチャット、メールなどのICTを効果的に活用することで、社内にいるときと同様のコミュニケーション環境に近づけることも可能である。

 

イ)就労環境の整備

a)安全衛生対策
在宅勤務においては、就労場所が従業員の自宅ではあるが、作業環境が整備されることが望ましい。労働安全衛生法では、テレワークを行う労働者も含め、常時使用する労働者に対しては、雇入時の安全衛生教育の実施や雇入時及び定期の健康診断やその結果に基づく事後措置、長時間労働者に対する面接指導、ストレスチェック(常時50人以上の労働者を使用する事業場に義務付け)及び労働者の申出に応じた面接指導等が義務付けられている。そのため、健康上の相談をする窓口を設定することや、医師や保健師による保健指導を実施したりすることも一案である。

b)作業環境管理
在宅勤務の実施者はPCのディスプレイを見て仕事をすることが多い。そのため、労働者の心身の負担を軽減し、労働者がVDT作業を支障なく行うことができるよう支援するために事業者が講ずべき措置について示した「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン(平14.4.5基発第0405001 号)」に留意する必要がある。具体的には、事業者は、在宅勤務に当たって、作業面について必要な照度を確保すること、室内の採光や照明は明暗の対照が著しくなく、かつ、まぶしさを生じさせない方法によること、その他換気、温度や湿度の調整などを適切に実施することなどを労働者に対して周知し、必要な助言を行うことが望まれる。

c)健康管理
在宅勤務を行う場合でも、通常の労働者と同様に、労働者の健康を確保する必要がある。よって、健康診断の結果を踏まえた保健指導を実施することや、労働者に対する健康教育や健康相談、その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずること等が事業者の努力義務とされてることから、在宅勤務の労働者も含めた労働者の健康の保持増進のための積極的な取組を行うことが望まれる。

⑤教育・研修等

テレワークによって、より高い効果を得るためには、導入時の教育・研修が不可欠である。教育には、「社内の認識の共有を図るための啓発」と、「円滑に業務を実施するためのガイダンス」の2つの目的があるが、ここではテレワーク実施前のガイダンスとしての教育・研修における主なポイントを整理しておく。

ⅰ)テレワーク時の目的・必要性を理解する

ⅱ)テレワーク時の体制について理解する

ⅲ)テレワーク時のツールを操作できるようになる

 以上のように、なぜテレワークを実施するのか、その目的と必要性をテレワークの対象者だけでなく、従業員全員が理解することが重要である。そして組織全体でテレワークを有効活用して、業務の生産性を上げることが望まれる。

5,試験的導入と推進のための評価と改善

たいていの企業は、テレワークをいきなり導入するのではなく、試行導入した後本格的に導入する。試行導入時には、対象者や部門を絞って実施し、そのときに発生した様々な問題を解決して本格導入に至る。試行導入時に導入効果を計測する項目としては、次のようなものがあげられ、これらの項目を総合的に評価して本格導入の拡大範囲を決めることが重要である。

<項目例>

①定量評価項目
顧客対応、情報処理力、オフィスコスト、移動コスト、ICTコスト、人材確保・維持

②定性評価項目
業務改革、顧客満足度、従業員満足度、コミュニケーションの質、ワークの質、生活の質、全体評価