第3章「コロナ禍における行政施策の分類、効果、及び利便性の検証」

 

第3章「コロナ禍における行政施策の分類、効果、及び利便性の検証」

千鳥ヶ淵研究室 統括責任者 小林幸雄

 

社労士法人小林労務千鳥ヶ淵研究室では、「コロナ禍における労務管理に関する報告書」として、第1章「コロナ禍における在宅勤務」、第2章「コロナ禍における健康管理と安全衛生」をテーマに論じてきた。

年が明けて、新たなオミクロン株の感染が拡大するなか、未だ感染の終息は見通せないが、第3章ではコロナ禍における政府の労務管理に関する対策について論じてみたい。

コロナ禍における労務管理は、業種・業態、個別企業により種々取組が為されてきたことと考えるが、国がコロナ対策とした、雇用に関する助成金や社会保険手続きに関する施策のその実効性及び利便性について検証したいと考える。

 

第1節 コロナ禍における施策一覧(2月末更新)

第2節 雇用調整助成金(3月末更新)

第3節 その他の助成金(4月末更新)

第4節 標準報酬月額の特例改定(5月末更新)

第5節 その他の施策(6月末更新)

第6節 電子申請の普及(7月末更新)

第7節 総括(8月末更新)

第3章 第1節 コロナ禍における施策一覧

第3章 第1節 コロナ禍における施策一覧

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 小松容己

 

第1節 コロナ禍における施策一覧

政府がこれまでコロナ禍で講じてきた施策は数多くあるが、本節では、厚生労働省が講じてきた施策について確認し、また、諸外国との違いについても考察する。

1、厚生労働省の施策

1)雇用調整助成金
雇用調整助成金とは、経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業手当に要した費用を助成する制度である。現在は新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例により、事業活動の縮小を余儀なくされた場合に、従業員の雇用維持を図るために、労使間の協定に基づき、休業を実施する事業主に対して、休業手当などの一部を助成する制度となっている。この特例措置により、助成率及び上限額の引き上げを行っている。詳細については、次節で論じていく。

2)新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金
新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、小学校等が臨時休業した場合等に、その小学校等に通う子の保護者である労働者の休職に伴う所得の減少に対応するため、正規雇用・非正規雇用を問わず、労働基準法で定められている年次有給休暇とは別に、有給の休暇を取得させた企業に対する助成金である。

3)時間外労働等改善助成金 新型コロナウイルス感染症対策のためのテレワークコース
新型コロナウイルス感染症対策としてテレワークを「新たに」導入する
中小企業事業主に対して助成する制度である。
なお、本助成金は、事業実施期間が令和3年1月29日までとなっており、募集は終了している。

4)労働保険料等の納付に係る猶予制度
新型コロナウイルス感染症等の影響により、労働保険料等の納付が困難な場合には、
労働保険料等の猶予制度である。猶予制度が認められた場合には、猶予期間中の延滞金の免除や、財産の差押えの猶予又は解除といった効果を受けることができる。詳細については、第3節で論じていく。

5)厚生年金保険料等の納付に係る猶予制度
新型コロナウイルス感染症の影響により事業等に係る収入に相当の減少があった事業主の方にあっては、申請により、厚生年金保険料等の納付を1年間猶予することができる特例制度が令和2年4月30日に施行された。詳細については、第3節で論じていく。

2、諸外国の施策

【米国】

1)全業種の中小企業に対する融資の返済免除
中小企業(従業員500名以下)向け政策融資について、従業員の雇用・給与水準を8週間維持することを条件に、当該期間中の人件費・利子・家賃・光熱費に相当する金額の返済を免除する。州によっては、独自の制度がある。

【ドイツ】

2)全業種の中小零細企業に対する現金給付
従業員5人以下の事業者に最大9千ユーロ(108万円)、従業員10人以下 の事業者に最大1.5万ユーロ(180万円)を給付する。州によっては,従業員11~250人の企業も州政府からの給付金の支給対象となる。

3)従業員の給与補填(操業短縮手当)
新型コロナウイルスの影響により一時的に操業短縮し、10%以上の労働者について10%以上の賃金減少があった場合、労働時間減少による給与減少分の一部(60%。子供がいる 場合は67%)を政府が補填。また、社会保険料は全額補填。労働者1人当たり月額約2,980ユーロが上限となっている。

4)失業給付の拡充
自営業者及び被雇用者を対象に失業給付の要件緩和。

3、日本と諸外国の施策の違い

本節では、厚生労働省が講じてきたあるいは講じている施策に絞っているが、基本的には諸外国との施策についての違いはないように見受けられる。
それは、雇用調整助成金のように、従業員の雇用維持の支援のため、従業員の給与を補填するものと、経済産業省が講じてきた持続化給付金のように、事業継続の支援のため、影響を受けている中小・小規模企業等に対して現金給付等を行うものとの2つに分類されるためである。
ここで一つ追記したい。諸外国、本節においては米国とドイツを例示しているが、雇用の背景が異なる場合でさえも日本と共通して雇用維持や、事業継続に努めている。そこで、若干の上記二国の雇用概要について触れたいと思う。

【米国】

アメリカの雇用形態は、「随時雇用・随時解雇」が原則とされる。この考え方は、使用者と労働者はあくまで契約の概念に基づいて結ばれており、契約した職務が遂行できない場合には使用者は、「契約不履行」として解雇する事が可能とされる。日本の使用者が解雇権を行使する場合に、適正な手続きを満たしていることを重視する点とは大きく異なる。

【ドイツ】

日本の有期雇用労働者の場合、契約期間の定めや契約更新の手続きを重視する。一方、ドイツの労働契約書は原則的に無期限で、退職するまで更新する必要がない。なお、解雇の運用に着目すると、両国とも、単に解雇事由に該当するだけでは不十分など比較的厳格な印象があるが、最終的には個別の事案に依る部分も大きいとされている。

4、おわりに

日本だけでなく諸外国の施策一覧を見て、雇用に関する考え方が異なっていても、各国ともに従業員の雇用維持の支援や、事業継続の支援のために政策を打ち立てていることが伺え、各国が一丸となってコロナ禍を乗り越えようと模索していることが見受けられる。

 

次節以降では、本節で挙げた施策一覧を深堀していくこととする。

 

【参考文献】

令和2年5月 内閣官房日本経済再生総合事務局

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai38/siryou3.pdf

 

 

第3章 第2節 雇用調整助成金について

第3章 第2節 雇用調整助成金について

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 小松容己

前節では、厚生労働省がこれまでコロナ禍で講じてきた主な施策を論じたが、本節では、雇用調整助成金について述べていく。

1、通常時の雇用調整助成金とコロナ禍における雇用調整助成金の違いについて

1)通常時の雇用調整助成金

雇用調整助成金は、景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業手当に要した費用を助成する制度である。また、雇用調整助成金は、雇用保険二事業の助成金であることから、全額が事業主負担となっている。

受給要件は、以下の通りである。

①雇用保険の適用事業主であること。

②売上高又は生産量などの事業活動を示す指標について、その最近3か月間の月平均値が前年同期に比べて10%以上減少していること。

③雇用保険被保険者数及び受け入れている派遣労働者数による雇用量を示す指標について、その最近3か月間の月平均値が前年同期に比べて、中小企業の場合は10%を超えてかつ4人以上、中小企業以外の場合は5%を超えてかつ6人以上増加していないこと。

④実施する雇用調整が一定の基準を満たすものであること。

・休業の場合

労使間の協定により、所定労働日の全1日にわたって実施されるものであること。

・教育訓練の場合

休業の場合と同様の基準のほか、教育訓練の内容が、職業に関する知識・技能・技術の習得や向上を目的とするものであり、当該受講日において業務(本助成金の対象となる教育訓練を除く)に就かないものであること。

・出向の場合

対象期間内に開始され、3か月以上1年以内に出向元事業所に復帰するものであること。

⑤過去に雇用調整助成金の支給を受けたことがある事業主が新たに対象期間を設定する場合、直前の対象期間の満了の日の翌日から起算して1年を超えていること。

この他にも、雇用関係の助成金共通の要件等がいくつかある。

次に、受給額について見てみよう。

受給額は、休業を実施した場合、事業主が支払った休業手当負担額、教育訓練を実施した場合、賃金負担額の相当額に助成率(下図1を参照)を乗じた額である。ただし、教育訓練を行った場合、これに下図2の額が加算される。(ただし受給額の計算に当たっては、1人1日あたり8,265円を上限とするなど基準がある。)

休業・教育訓練の場合、その初日から1年の間に最大100日分、3年の間に最大150日分受給でき、出向の場合は最長1年の出向期間中受給可能である。

■図1

助成内容と受給できる金額 中小企業 大企業
(1)休業手当、教育訓練を実施した場合の賃金相当額、出向を行った場合の出向元事業主の負担額に対する助成(率) 2/3 1/2
(2)教育訓練を実施したときの加算(額) 1人1日あたり1,200円

2)コロナ禍における雇用調整助成金

コロナ禍における雇用調整助成金は、新型コロナウイルス感染症の影響により、事業活動の縮小を余儀なくされた場合に、従業員の雇用維持を図るため、労使間の協定に基づき、休業を実施する事業主に対して、休業手当などの一部を助成する制度である。また、事業主が労働者を出向させることで雇用を維持した場合にも、コロナ禍における雇用調整助成金の支給対象となる。

コロナ禍における雇用調整助成金は、特例措置となるので、助成率及び上限額の引き上げを行っている。

受給要件は、通常時の雇用調整助成金に比して緩和されているので、見てみよう。

■図2

要件項目 通常時 特例措置
生産指標 3か⽉10%以上低下 1か⽉5%以上低下
対象労働者 被保険者が対象 被保険者でない労働者も対象
助成率 中⼩企業2/3、⼤企業1/2 中⼩企業4/5、⼤企業2/3(4/5※)(解雇等を⾏わないで雇⽤維持をした場合は、中⼩企業10/10、⼤企業3/4(10/10※)
助成上限額 失業等給付基本⼿当の最⾼⽇額と同額 ⽇額上限額 15,000円
計画届 事前提出 提出は不要
被保険者期間 6か月以上が必要 期間要件なし
支給限度日数 1年100⽇、1年150日 通常の限度⽇数+特例措置期間

※昨年1⽉の再度の緊急事態宣⾔の発出に伴う特例措置で、都道府県知事の要請を受けて営業時間の短縮に協⼒する飲⾷店や劇場、映画館等に対しては、大企業の助成率を中小企業と同等(解雇等ない場合10/10)に引き上げている。

新型コロナウイルスに伴う特例措置は、令和2年4月から行われているが、当初は申請にあたり、活用しにくい部分もあったが、申請書類の簡素化・休業等計画届の提出の不要・オンライン申請の受付など政府が活用のしやすさに取り組んだことにより、申請率は当初より大幅に上がったといえる。

2、雇用調整助成金の効果

1)申請件数・支給決定額

申請件数・支給決定額は、令和3年度(4/1~3/11)時点で、申請件数は、累計で約300万件、支給決定額は、累計で約2兆2,886円となっており、多くの企業が活用していることが窺える。

2)失業率について

総務省の労働力調査によると、失業者の増加はあるもののそこまで変動は大きくはない。また、完全失業率については、下図の通り、ほぼ横ばいとなっており、直近の1⽉は2.8%という低い⽔準にある。完全失業率がリーマンショック後の5.5%と比して低い⽔準にとどまっていることは、新型コロナウイルス感染症に伴う雇用調整助成金が大きな効果を発揮していることが読み取れる。

出典:総務省 労働力調査(基本集計)2022年1月分結果

3、おわりに

新型コロナウイルス感染症という未曾有の危機に直面している中、政府は、雇用維持のために雇用調整助成金の特例措置の延長を決めたが、果たしていつまで延長すべきかという疑問の余地がある。それは、このコロナ禍であっても、感染対策など様々な対策を講じて事業継続を図っている企業がある中で、従業員を休業させ、休業手当の助成を受けている企業もある。業界・業種ごとに事情が異なるとはいえ、自助努力を図っている企業にとっては不平等を感じることもあるだろう。

また、財源の問題もある。新型コロナウイルスに伴う雇用調整助成金の支給増加によって、雇用調整助成金の財源である雇用保険二事業財政は枯渇する懸念がある。このような状況から、雇用保険二事業に係る雇用保険料率は、令和4年4月から、3.5/1000(現行3/1000)に引き上げられる予定である。

最後に、機を逸したが、雇用調整助成金への一般財源の投入を考えるべきではないだろうか。それに伴い、こちらも現状の財源は雇用保険二事業として事業主負担ではあるが、労働移動支援助成金(事業規模の縮小に伴い、離職する労働者に対して再就職支援を委託することで、早期に雇入れの拡大等を実行したことによる助成金)等の特例措置を行うなど検討の余地があるのではないだろうかと考える。

第3章 第3節 その他の助成金について

第3章 第3節 その他の助成金について

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 小松容己

前節では、雇用調整助成金の効果等について論じてきたが、本節では、コロナ禍で厚生労働省が対応を講じた雇用調整助成金以外の主な助成金について述べていく。

1、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金

1)概要

新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置の影響によって、休業させられた労働者のうち、休業手当を受給できなかった労働者に対して、その労働者の申請により、支給する制度である。

2)対象者(令和4年4月時点)

新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置の影響によって、令和3年10月1日から令和4年6月30日までに事業主が休業させた中小企業の労働者及び大企業のシフト制の労働者等のうち、休業手当を受給できなかった労働者(雇用保険被保険者でない者も含む)

3)支給額(令和4年4月時点)

休業前1日あたり平均賃金×80%×(各月の休業期間日数―就労した又は労働者の事情で休んだ日数)

1日あたりの支給上限額は8,265円(令和3年10月から12月分までは9,900円)

緊急事態措置又はまん延防止等重点措置を実施すべき区域の知事の要請を受けて、営業時間の短縮等に協力する施設(飲食店等)で就労する労働者については、令和3年10月1日~令和4年6月30日の期間においては、1日あたりの支給上限額は11,000円

4)申請期限

休業した期間 申請期限
令和3年10月~令和4年3月 令和4年6月30日
令和4年4月~令和4年6月 令和4年9月30日

5)実績(令和4年4月14日時点)

厚生労働省のホームページを確認する限り、令和4年4月14日時点で、申請件数は、累計で約466万件、支給決定額は、累計で約3億円となっており、多くの休業手当が支給されない労働者が活用していることが見受けられる。

特徴としては、休業していた時期から実際に申請までの期間が空いてしまうと、休業していた時期の書類がないなど、休業していたことを証明することが困難になる可能性があるので、休業した事実があったならば、早めに申請をすることが必要な制度である。

2、新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金

1)概要・対象者

新型コロナウイルス感染症に関する対応として、ガイドライン等に基づき、臨時休業した小学校等に通う子の保護者(労働者)に対して、労働基準法で定められている年次有給休暇とは別に、有給(全額支給)の休暇を取得させた企業に対する助成金である。

2)助成額

有給休暇を取得した対象労働者に支払った賃金相当額×10/10

対象労働者1人につき、対象労働者の日額換算賃金額(通常の賃金を日額に換算した額※)×有給休暇の日数で算出した合計額である。

※令和4年1月~2月は11,000円 令和4年3月~は9,000円

緊急事態宣言の対象区域又はまん延防止等重点措置を実施すべき区域であった地域に事業所のある企業については15,000円である。

3)申請期限等

休暇取得期間 申請期限
令和4年1月1日~令和4年3月31日 令和4年5月31日
令和4年4月1日~令和4年6月30日 令和4年8月31日

4)実績

厚生労働省のホームページを確認する限り、令和4年4月15日時点で、申請件数は、累計で約22万件、支給決定額は、約627億円である。制度の違いがあり比較すべきではないが、他の助成金と比して申請件数が少ないからか、各自治体のホームページ上で、事業主に対して本助成金を活用するよう呼びかけている。

3、産業雇用安定助成金

1)概要・対象者

新型コロナウイルス感染症の影響により事業活動の一時的な縮小を余儀なくされた事業主が、在籍型出向により労働者の雇用を維持する場合に、出向元と出向先の双方の事業主に対して助成する制度である。令和3年2月5日に施行された。

2)助成額等

出向運営経費 出向元事業主及び出向先事業主が負担する賃金、教育訓練および労務管理に関する調整経費など、出向中に要する経費の一部が助成される。

中小企業 中小企業以外
出向元が労働者の解雇などを行っていない場合 9/10 3/4
出向元が労働者の解雇などを行っている場合 4/5 2/3
助成上限額(出向元と出向先の合計) 12,000円/日

※独立性が認められない事業主間で実施される出向の場合の助成率は、中小企業が2/3、中小企業以外1/2であるので、注意が必要である。

出向初期経費 就業規則や出向契約書の整備費用、出向元事業主が出向に際してあらかじめ行う教育訓練、 出向先事業主が出向者を受け入れるための機器や備品の整備などの出向の成立に要する措置を行った場合に助成される。

出向元 出向先
助成額 各10万円/1人あたり

※出向元事業主が生産性・指標要件が一定程度悪化した企業である場合等、出向先事業主が労働者を異業種から受け入れる場合について、助成額の加算が行われる。加算額は、出向元事業主・出向先事業主ともに1人あたり各5万円である。

3)実績

令和4年4月21日時点では、厚生労働省のホームページでは確認することができなかったため、申請件数と支給決定額には言及しない。

産業雇用安定助成金は、会社を休業し、雇用調整助成金を受給することで雇用の維持を図り、かつ雇用する労働者を在籍型出向により就労させることで雇用の維持を図る企業のための助成金であるため、申請する企業も増えていくだろう。

また、一度の出向で、雇用調整助成金(出向)による出向元への助成措置にも当てはまる可能性がある。この場合は、どちらかの助成金を申請することになる。

4、おわりに

本節で取り上げたコロナ禍における雇用調整助成金以外の助成金の他にも、時間外労働等改善助成金-新型コロナウイルス感染症対策のためのテレワークコース-等も挙げられるが、既に終了しているものなので、割愛した。

コロナ禍における雇用調整助成金以外の助成金の中でも、産業雇用安定助成金は、雇用調整助成金と比して助成割合が高く、また、有効期間も1~2年単位であるため長期的に助成をうけるメリットがある。派遣社員を雇っている企業が、出向労働者の受け入れに切り替えて、産業雇用安定助成金を受給する企業も増えていくだろう。これは、ウィズコロナ時代としての新しい選択肢になると考えられる。

最後に、本節とは逸れてしまうが、雇用調整助成金の不正受給について言及したい。厚生労働省の集計では、令和2年9月~令和3年12月までに261件、支給金額にすると32億円になることがわかった。

雇用調整助成金は、コロナ禍において雇用の維持を目的に、企業が支払う休業手当を国が肩代わりするものであり、不正に受給することは断じてあってはならない。ましてや、社会保険労務士が、不正受給の指南役となったり、自らが事実を歪曲した申請を行うなど言語道断である。厚生労働省のホームページでは不正を行った社会保険労務士や企業が公表されているが、残念なことである。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/index_00020.html

弊社のスタンスは、雇用調整助成金に絡むスポットの依頼に関しては、無料相談にとどめている。理由として、財政的に厳しい中小零細企業が、雇用を維持するために受給した助成金から報酬を得ることに違和感があるからである。厚生労働省の助成金は、雇用保険二事業が根拠となり、失業の予防、雇用機会の増大、労働者の能力開発等に資する雇用対策を行った企業が受給できるのであって、社会保険労務士が金もうけの手段として助成金を活用してはならない、と筆者は考える。

次節では、標準報酬月額の特例改定について述べていくこととする。

第3章 第4節 標準報酬月額の特例改定

第3章 第4節 標準報酬月額の特例改定

千鳥ヶ淵研究室 研究員 黒沢和也

前節では、雇用調整助成金以外の主な助成金について論じてきたが、本節では、コロナ禍における標準報酬月額の特例改定について述べていく。

1.特例改定の概要

新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業で、著しく報酬が下がった(2等級以上下がった)場合、固定的賃金(基本給、日給単価等)の変動がなくても標準報酬月額の変更が可能となる制度である。また、通常の随時改定(4か月目に改定)によらず、特例により翌月から改定を可能としている。

※図1

参照:日本年金機構「【事業主の皆さまへ】新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業により著しく報酬が下がった場合における標準報酬月額の特例改定のご案内」

休業が回復した場合には、回復したことによる随時改定の届出が必要となる。条件としては特例改定を届出しており、休業が回復した月の報酬総額を基にした標準報酬月額が、特例改定により決定した標準報酬月と比較して2等級以上上がるという条件を最初に満たした場合は、休業が回復したことによる随時改定の届出が必要となる。

休業が回復した月とは、報酬支払の基礎となった日が 17 日(特定適用 事業所に勤務する短時間労働者は 11 日)以上のことである。

※図2

参照:日本年金機構「【事業主の皆さまへ】新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業により著しく報酬が下がった場合における標準報酬月額の特例改定のご案内」

特例改定は令和2年4月より実施され、令和4年5月時点において令和4年6月まで延長されている。期間については次の通りである。

<特例改定>

  • 開 始 令和2年4月~令和2年7月
  • 延 長 令和2年8月~令和3年7月
  • 再延長 令和3年8月~令和4年6月

なお延長の都度再申請が可能となっているため、上記期間毎に特例改定に該当する場合は申請する事が可能である。

2.特例改定の運用・手続き

特例改定の申請にあたり、被保険者の十分な理解に基づく事前の同意が必要となる。これは特例改定により社会保険料が改定・決定後の標準報酬月額に基づき、傷病手当金、出産手当金、年金額が算出されるからである。このため被保険者に書面にて説明し、理解・同意の上での手続きが必要とされる。

休業により報酬総額を基にした標準報酬月額が2等級以上下がった場合、特例改定の届出を実施することとなる。次に届出をした翌月より休業が回復したことによる随時改定の確認を毎月行わなければならない。これは算定基礎届による定時決定が行われるまでの期間、継続した作業となる。つまり特例改定を行った場合は、休業が回復したことによる随時改定を行うか、定時決定が行われるまで継続して確認作業が必要となる。

この特例改定を行う場合に問題となるのは、過去に遡って届出をすることがあり、従業員から徴収している社会保険料額に差異が発生する場合である。そのような場合、月毎に差額を算出しその合計額を従業員に対して説明の上、精算する作業が発生する。

3.実際の手続きによる業務

令和2年9月から令和3年1月までの5ヶ月間の特例改定の届出を、一括して令和3年2月に手続きした例について述べてみる。

休業による対象者でかつ社会保険に加入している従業員は200名程度該当し、毎月の勤務日数、休業日数、支給総額を基に、現行の標準報酬月額と比較し2等級以上下がる従業員を抽出したところ、9月以降毎月20名程度該当し合計80名の従業員が特例改定に該当した。これに伴い休業が回復したことによる随時改定は10月以降毎月10名程度該当している。

特例改定には届出期間が決められており、令和2年8月から令和2年12月までの特例の届出期間は令和3年3月1日までであった。このため今回の届出は令和3年2月中の届出が必要であり特例改定と休業が回復したことによる随時改定を併せて早急に提出しなければならない状況であった。

無事期日内に届出を完了したところ、4月中旬に特例改定において数件返戻が発生した。返戻となった被保険者については、休業が回復したことによる随時改定も当然ながら受理されず全て返戻となった。気をつけなければならなかったのは、届出期間は既に経過しており、取消すると再申請はできなくなるため、全ての書類は受理日の記載のある書類で返戻により対応する事である。

余談ではあるが、返戻の内容に従い速やかに再提出したところ5月中旬に年金事務所から電話による連絡があり、書類に不備があるため再度返戻するとの内容であった。内容については先に返戻された内容に沿っての提出であったため問題ないのではないかと回答するが、担当が変わったためこの提出書類では受理できないと凡そ納得のできるものはいえない説明を受け強制的に返戻された。返戻書類は1ヶ月後の6月中旬に届き、速やかに再提出している。

実際に特例改定の届出業務に携わった事で感じたことは、返戻などの対応に1ヶ月以上の時間を要すること、年金事務所内で担当が変わったからこの書類では受理できない等、正常に機能しているのか不信感を持たざるを得ない状況であったことである。

この様な経緯を得てようやく手続きは完了し、事業所の社会保険料負担額は半年間で約120万円程度削減することが出来ている。従業員からすると120万÷80人として1人当たり約15,000円の社会保険料が減額されたことになる。

4.おわりに

標準報酬月額の特例改定について、迅速に標準報酬月額を下げることができるので個人負担分および会社負担分の健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料を抑えることが可能となる。

従業員から見れば、社会保険料が減少することで手取り額が増加する反面、将来貰える老齢厚生年金の他、出産手当金や傷病手当金に対して標準報酬月額が下がることにより影響することとなる。更には、支給額から社会保険料を控除した金額に対して源泉徴収税額が計算されるので、所得税の増加、および翌年の住民税にも影響することとなる。

一方で、事業所からすると社会保険料の会社負担分が減少する事となり経費削減が見込まれる。

以上のことから、企業からすればコロナ禍において資金不足が深刻化している状況であれば、特例改定は月々の社会保険料負担額を減額する事が可能であり、非常にメリットのある施策であろう。従業員からすると休業により給与が減額され、少しでも毎月の手取り額を増やしたいと考えれば同様にメリットは十分にある。しかしながら、産前産後休業による出産手当金、私傷病による傷病手当金は、直近12ヶ月の標準報酬月額の平均を基に計算され、また老齢厚生年金にも影響するので、十分に考慮して特例改定を申請するか考えるべきである。

コロナ禍における特例改定については、従業員の手取り額増、事業所の負担額減という今時点をどう乗り切るかという緊急対策であり、その点だけを鑑みれば有効な施策であるかもしれない。残念なのは、この手続きにより年金事務所内で手続きが停滞し、公文書が下りるのに数か月かかっている。公文書が下りた時には社会保険料の遡及精算をしなければならず、社会保険料の差額を従業員ごとに計算しなければならない。可能であれば施策と同時に年金事務所の迅速な対応について今後に期待したい。

次節では、その他の施策について述べていくこととする。

※図1、図2)日本年金機構「【事業主の皆さまへ】新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業により著しく報酬が下がった場合における標準報酬月額の特例改定のご案内」参照。

https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2021/0810.html

第3章 第5節 その他の施策~押印省略について~

第3章 第5節 その他の施策~押印省略について~

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 遠藤恵

従来より、労使関係に連なる各種手続において、署名もしくは記名・押印は、契約内容の正当性および真意確認等がなされたことを客観的に明らかなものとするために用いられていた。一方で、デジタル時代を見据えたデジタルガバメント実現のためには、書面主義、押印原則、対面主義からの決別が課題とされており、「どうしても残さなければならない手続を除き、速やかに押印を見直す」という考え方のもと押印省略に向けて動きがはじまり、コロナ禍においてさらにその動きが加速したとされている。

本節では、コロナ禍において加速した施策のうち、社会保険・労働基準法関連に関する「押印省略」について視点を絞り、企業における実務上の留意事項も含めて全体像について述べていく。

1、押印省略の背景

デジタル時代を見据えた手続きの簡素化や、新型コロナウイルス感染防止、在宅勤務をはじめとするテレワーク勤務の推奨を促進することをきっかけとして、対面の事務処理が必ず発生する押印原則の見直しが繰り返し議論されてきた。

内閣府を中心に「どうしても残さなければいけない手続きを除き、押印原則を見直す」という考え方のもと、民間から行政への手続きの99%以上が押印省略の方針とされた。この押印省略は行政手続きにおける国民の負担を軽減し、国民の利便性・生産性の向上を図ることが目的とされ、押印省略により、例えば「押印のために出社しなければいけない」などの状況を避けることが期待されている。

しかしながら、全ての様式が押印省略の対象とはなっておらず、例として労使協定等の一部の届出に関しては、締結の証明として一度は押印をしなければならないといった事情が生じるため留意しておく必要がある。

(補足:押印について)
日本では印鑑の印影が文書の成立を証明すると広く考えられている傾向にあるが、元々証明に必須ではなく、政府も「特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても契約の効力に影響は生じない」という見解を示している。

、社会保険について

ほとんどの手続きにおいて押印省略が認められているが、例外として、「健康保険厚生年金保険 保険料口座振替納付(変更)申出書」といった口座振替に係る届出には押印が求められている。押印又は署名が必要である「特に慎重に届出の真正性を確認する必要があると考える届出等」に区分される手続きには引き続き、押印等が求められているといえる。

なお、協会けんぽのホームページには、健康保険の申請書類について、記載欄ごとに押印が必要か否か確認できるよう各種申請書の一覧が用意されている。

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/honbu/free/beppyou.pdf

、労働保険について

労災保険に係る各種手続きは、基本的に押印は必要なくなったとされている。一方で雇用保険においては、引き続き押印が必要となる届出もあるため省略の可否をあらかじめ確認しておくことが必要となる。なお、補足ではあるが、「離職証明書」や「休業開始時賃金月額証明書」等については、押印省略の有無に関わらず、記載内容に誤りがあった場合に、公共職業安定所等において、その場でもしくは相手方によって訂正してもらえるように、「捨印」を押しておく必要があるので改めて留意すべきものといえる。

大阪労働局「雇用保険関係に係る届出への押印が原則不要となります。」
https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-hellowork/content/contents/000811260.pdf

、労使協定について

労使協定の届出には特に留意すべき点があり、実務上、よくご相談をいただく分野の一つでもある。押印省略の中でも、よく誤解が生じやすい内容となるので、実務上の対応について確認していく。

例えば、使用者が労働者に時間外・休日労働をさせるためには、「時間外・休日労働に関する協定(以下、「36協定書」とする)」を締結し、労働基準監督署に「時間外・休日労働に関する協定届(以下、「36協定届」とする)」を届け出なければならない。2021年4月以降の36協定届に押印は不要となったが「36協定書」には押印が必要とされている。そのため、36協定届に36協定書を兼ねているか否かによって次のように押印の対応が異なるとされるので、会社ごとの協定締結状況を今一度確認することが正しく協定を締結する重要な要素につながると考えられる。

①36協定届と36協定書が別途存在する場合
「36協定書」には、記名・押印または署名を行い、「36協定届(署名及び押印不要)」には記名を行い労働基準監督署へ届け出る。

②36協定届に36協定書を兼ねている場合
「36協定届」へは記名・押印または署名が必要となる。
労使協定とは、本来、労働基準法に反する内容を労使の合意によって、緩和できる制度でもある。したがって、労使で合意したうえで労使双方の合意がなされたことが明らかであると客観的に示すために署名等が求められている。

、おわりに~押印省略による効果~

押印省略が認められたことで、お客様と小林労務の立場からまず考えられることとして、費用と時間について挙げられる。押印が不要となったため、書面をお客様へ送付するための郵便代や、ご返送にかかる費用、押印を頂くまでの時間が削減されたことでより効率よく作成から届出までに至れるようになった。

一方で、36協定については、36協定届に協定書を兼ねている場合が多く見受けられるため、36協定には必ず署名もしくは記名・押印が必要とされていることから、押印省略による事務的負担削減の恩恵を受けているケースは少ないと想定できる。さらに、36協定に限らず、労使協定書については、労働基準局により「労働基準法施行規則等の一部を改正する省令に関するQ&A(1-5)」の中で次のような指導が行われている。

(Q)協定書や決議書における労使双方の押印又は署名は今後も必要ですか。
(A)協定書や決議書における労使双方の押印又は署名の取扱いについては、労使慣行や労使合意により行われるものであり、今般の「行政手続」における押印原則の見直しは、こうした労使間の手続に直接影響を及ぼすものではありません。引き続き、記名押印又は署名など労使双方の合意がなされたことが明らかとなるような方法で締結していただくようお願いします。

以上のことから、押印省略の対象となる手続きは多くあるものの、労使間の合意については、双方で確かに協議が整ったことの証として押印が求められることもあるため、実務上、各種手続きを行う際には一定の項目や届出期日に配慮をしつつ対応することが求められている。
次節では、電子申請の普及について述べていくこととする。

<参考資料>
・厚生労働省労働基準局「労働基準法施行規則等の一部を改正する省令に関するQ&A」(令和2年12月)。
・内閣府「地方公共団体における 押印見直しマニュアル」(令和2年12月18日)。
・厚生労働省「2021年4月~ 36協定届が新しくなります」(2020年12月)。
・内閣府、法務省、経済産業省「押印についてQ&A」(令和2年6月19日)。

第3章 第6節 電子申請の普及

第3章 第6節 電子申請の普及

千鳥ヶ淵研究室 研究員 安山佳菜子

前節ではその他の施策~押印省略について~を述べてきたが、本節では、コロナ禍における電子申請の普及について述べていく

1.デジタル・ガバメント実行計画

「デジタル・ガバメント実行計画」とは、デジタル技術の活用と官民の協力を軸とし、国や地方公共団体のサービスを見直していくことによって、行政のあり方をデジタルに対応した社会に変革していくという政府の取り組みである。現在、日本では、少子化や高齢化の進行、生産年齢人口の減少による人材不足、国際化の進展など、社会を取り巻く環境は日々変化をしている。一方で、IT技術については、目覚ましい進歩を遂げており、こういった事情を背景として、以前より問題視されていた行政のデジタル化の遅れを改善し、「安心、安全かつ公平、公正で豊かな社会の実現」を目指すための計画として策定された。

また、デジタル・ガバメント実行計画では、この計画を「単に情報システムを構築する、手続きをオンライン化する、手続きコストを削減するということを意味するものではない」としている。計画の大きな目的は、IT技術の活用によって、利用者目線に立った行政サービスを提供することである。

「デジタル・ガバメント実行計画(平成30年1月16日初版)」にて、一連のサービスは、「すぐ使えて」、「簡単で」、「便利」な行政サービスであり、最初から最後までデジタルで完結されるサービス(行政サービスの100%デジタル化)と掲げている。年齢・性別・地域・国籍・言語といった異なるバックグラウンドを持つ人々の要求にあった形でのサービスを提供するという点において、日本が目指す未来社会像であるSociety 5.0時代を実現するための基礎を構築することが期待される。

なお、新型コロナウィルス感染症の流行に伴い、デジタル・ガバメント実行計画は令和2年12月に改訂されている。

デジタル・ガバメント実行計画中では、以下の「デジタル3原則」と呼ばれる基本方針が示されている。

1.デジタルファースト
個々の手続・サービスが一貫してデジタルで完結する
2.ワンスオンリー
一度提出した情報は、二度提出することを不要とする
3.コネクテッド・ワンストップ
民間サービスを含め、複数の手続・ サービスをワンストップで実現する

具体的に社会保険関連の手続きについていえば、デジタル3原則に則してデジタル・ガバメント実行計画が進むことにより、1つの手続きがデジタルで完結するため郵送対応や実際に窓口に出向くことが不要になり、1つの行政機関に届け出ることで複数の行政機関の手続きが完了し、行政手続きに必要な添付書類を何度も用意する必要がなくなるなど、企業側と従業員側の負担も大きく減ることとなるだろう。

(出典:内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室「デジタル手続法案の概要について」)

2.コロナ禍で加速するデジタル化

コロナ禍以前より推し進められていたデジタル化は、新型コロナウィルス感染症が急拡大し、感染防止のため緊急事態宣言の発令や外出の制限、3密(密閉・密集・密接)を避ける行動が推奨されたことにより、デジタル化が進まなかった分野においても急速に広がっていった。

新しい生活様式(不要不急の外出自粛・営業時間の短縮など)に基づいた日常生活を求められ、コロナウィルス感染症対策を行いながら、非対面・非接触であるデジタルを活用することで、コロナ禍以前の生活を継続していくことが可能となっている。在宅時間が増えたことにより、オンラインサービスの利用率が大幅に増加し、インターネットでの買い物や有料動画配信サービスの利用、ネット注文で食事を宅配するサービスなど、コロナ禍以前も一定数の需要はあったものの、新型コロナウィルスの拡大により急激に需要が高まったといえる。

一方で、様々な課題もあげられている。総務省が実施した調査では、「情報セキュリティ」、

「リテラシー」、「利活用が不十分」、「通信インフラが不十分」及び「端末が十分に行き渡っていない」など、利用者のインターネットに対する不安があげられており、これはデジタル化が進まない一因となっているだろう。これらの課題を解決しないことには、さらなるデジタル化の促進は難しいはずだ。インターネットショッピングの利用に伴うスマホ決済不正利用の増加、フィッシング詐欺や在宅勤務の増加に伴うセキュリティの脆弱性を利用した機密情報・顧客情報の流出など、個人や企業に関わらずインターネット上での問題は多く発生している。また、インターネット上で様々な情報があふれている中で、膨大な情報の中から受け取った情報の真偽を見極める姿勢が 個々人に求められているため、リテラシーの向上や、インターネット利用に関する教育も今後の課題となっていくはずだ。さらなるデジタル化の加速を促すためには、デジタル化を前提として、業務の見直し、新たな業務形態、サービスの提供方法などの確立は必須と考えられる。

3.電子申請の普及について

デジタル化の促進・手続きの簡素化にあたり、令和2年4月から一定規模以上の企業の社会保険手続きや労働保険の一部手続きに関する申請は、電子申請の義務化が開始された。一定規模以上の企業とは、「資本金、出資金または銀行等保有株式取得機構に納付する拠出金の額が1億円を超える法人」としている。また、社会保険・労働保険の一部手続きとは以下のとおりである。

〈健康保険・厚生年金保険〉
・被保険者報酬月額算定基礎届
・被保険者報酬月額変更届
・被保険者賞与支払届

〈労働保険〉
継続事業(一括有期事業を含む)を行う事業主が提出する以下の書類
・年度更新に関する申告書
・増加概算保険料申告書

〈雇用保険〉
・被保険者資格取得届
・被保険者資格喪失届
・被保険者転勤届
・高年齢雇用継続給付支給申請
・育児休業給付支給申請

これは、社会保険労務士や社会保険労務士法人が、対象となる法人に代わって手続きを行う場合においても電子申請にて申請をする必要がある。各府省庁が所管する様々な行政機関への申請や届出などの手続きをウェブ上で行うことができる電子申請システムであるe-Govを通して行うか、外部連携APIに対応したソフトを利用して申請することができる。

大規模法人の電子申請の義務化や、従業員の署名や押印省略、マイナンバーの記載による添付書類の省略など様々な取り組みが実施され、その結果、平成25年度には6.9%だった電子申請の利用率は、令和2年度には39.1%と大きく伸びており、電子申請による手続きが普及していることがうかがえる。

4.e-Gov仕様変更

令和2年4月から始まった社会保険・労働保険の電子申請義務化や電子申請の普及促進に向け、令和2年11月にe-Govの大幅な仕様変更がされている。リニューアル時に電子政府の総合窓口(e-Gov)であった名称も、この仕様変更時にe-Govと改称している。旧e-Govでは、操作画面が複雑で入力箇所の多さ、操作の制限など課題が多くあり、e-Govを利用し電子申請する場合には、「電子証明書」が必要であった。これは、紙での手続き申請での事業主印に当たるものである。この電子証明書を申請時に、都度取り込む必要があり、かつ一定の時間内に申請を完了しなければならないなど、利用しづらい点が多くあった。また、ログインIDは任意であり、申請を行った届出の進捗確認などは、到達番号とIDが紐づけられていないため、都度申請履歴の照会が必要な状況であった。

新e-Govの利用は令和2年11月24日より開始された。e-Govの仕様変更のポイントとしては、①デザインの刷新、②マイページの導入③GビズID、googleアカウント等によるログイン④利用環境の拡大などがあげられる。リニューアルされたことで使い勝手がよくなった一方で、原因不明なシステムエラーや顧客情報の流出等セキュリティ面においては不安が残る。

(出展:総務省「e-Gov更改のお知らせ」)

5.まとめ

千鳥ヶ淵研究室 研究室長 上村美由紀

平成15年に各府省情報化統括責任者連絡会議によって「電子政府構築計画」が提出され、e-Govとしてシステム化がなされ、政府と国民との接点ができた。当時は、今よりも不便さが目立ったこと、社会保険労務士や企業の人事担当者が電子化に慣れていない、そもそも電子申請自体を知らない、といったことから、まったく電子申請は普及していなかった。平成24年度の時点では、社会保険労働保険の電子申請はわずか4.2%の普及率であった。

当社では、平成20年頃より電子化の取組みを進めており、本格的に取り組み始めたのは平成24年頃のことである。それまで、紙に直接記載もしくはシステムに入力させ出力し、ハローワークや年金事務所まで申請書類を直接窓口に出向いて提出をしていた。窓口では公文書が発行され、それらを事務所内に持ち帰り、顧客へ控えを郵送していた。

電子申請を取り入れることにより、インターネットが繋がる環境さえあれば、直接窓口に提出することなく入力作業もしくはデータの取込作業のみで手続が完了する。特に4月の新入社員入社の時期であると窓口では100人待ちということもざらであったが、その待ち時間もない。また、24時間365日いつでも申請が可能であり、全国どこからでも申請が可能である。さらに、公文書はメール添付で送信することができるため郵送代も削減される、控えはデータで保存できるので環境にも優しく、紛失等の際の再発行も可能だ。

当社では電子申請の利便性をいち早くキャッチし、本格的に進めていった結果、残業が減り、空いた時間で別のサービス展開を行っていくことで、労働時間の削減とともに、売上の拡大にも繋がり、平成26年には東京ワークライフバランス認定企業長時間労働削減取組部門で認定を受けることもできた。

管理部門の効率化が企業の体質を強化し、生産性向上に寄与することができることを実体験として体感したため、平成25年にe-GovのAPIが公開されたのを機に、当社でも電子申請システムの企画開発を行い今に至る。

令和2年には、コロナ禍で電子申請の普及率は39.1%と、爆発的に増加した。ただ、残りの60%の企業は社会保険労務士も含めて未だ紙での申請であるとも言えることから、普及率としては十分とは言い難い。電子申請を行うためには電子証明書が必要になる。GビズIDでも電子申請は可能だが、雇用保険の継続給付申請は電子証明書でしか申請ができない等、すべての手続きを網羅しているわけではないので、社会保険労務士が企業の手続きを電子申請で代行する場合には必須となる証明書である。こちらの取得率が、全国の開業社労士約27,000人において、令和4年5月末現在57.4%(全国社会保険労務士会連合会調べ、以下連合会という)である。社会保険労務士といえども40%以上が未だ紙での申請であることから、昨年10月、連合会にはデジタル化推進本部が発足された。各都道府県に2名のデジタル推進委員を設置し、ユーザビリティや改善点等を連合会にて吸い上げ、厚生労働省との協議を都度行っている。内容は非公開のため詳細は確認できないが、まずは、社会保険労務士だけでも、電子申請利用率100%を目指した取り組みをぜひ行ってもらいたい。

社会保険労務士の資格の地位の向上、認知度アップのためには、先進的と言われる取り組みを積極的に行い、企業の管理部門のお手本とならなくてはならない。当社でも引き続き、電子申請に限らず管理部門の効率化や生産性の向上に寄与すべく、当社自体でも様々なことに取り組んでまいりたい。

次節では、第1節から第6節を総括し述べていく。

第3章 第7節 総括

第3章 第7節 総括

千鳥ヶ淵研究室 総括責任者 小林幸雄

序論

第3章は国がコロナ対策で行ってきた雇用に関する施策について、その実効性および利便性について社会保険労務士の立場で検証する、ということで、第1節、コロナ禍における労務に関する施策一覧、第2節、雇用調整助成金、第3節、その他の助成金、第4節、標準報酬月額の特例改定、第5節、その他の施策、第6節、電子申請の普及について述べてきた。

第7節は、コロナ禍における雇用に関する様々な施策のなかで、第2節の雇用調整助成金のコロナ禍における特例措置と、第4節標準報酬月額の特例改定について、緊急一時的に発出された特例について総括したいと考えるが、合わせて2021年版社会保険労務士白書を引用して、全国社会保険労務士会連合会(以下、連合会)が労働・社会保険諸法令を扱う国家資格者としてコロナ禍という国難に対し、どのように社会的使命を果たしてきたかを紹介したい。

日本におけるパンデミックを時系列で振り返ってみると、2020年1月に国内初の感染者が確認され、2月には新型コロナ感染症が指定感染症・検疫感染症に指定された。

そして、大規模イベントなどの中止要請、3月には小中高校学校に臨時休校が要請され、4月16日には7都道府県に発出されていた緊急事態宣言が全国に拡大された。

新しい行動様式は、外出自粛や飲食店に対する休業要請・時短営業など社会経済活動の制限に止まらず、世界的な感染拡大によるサプライチェーンの毀損停滞、部品調達の遅れは、操業縮小など企業を取り巻く経営環境をも一変させることになる。

2020年1月から始まったコロナ禍で、連合会が政府要請に応えながらどのようなサポートを行ったかを紹介することは意義ある事と考え序論とする。

1.雇用調整助成金特例措置に関する総括

連合会では、2020年4月10日から19日にかけて、全国の現場を熟知する社会保険労務士に雇用調整助成金に関する課題や要望についてアンケートを行った。主な意見として

  1. 支給対象となる事業所は、創業したばかりの事業所、過去1年以内に事業を拡大した事業所も対象として欲しい、
  2. 支給対象者は、役員、個人事業主、家族従業員に拡大してほしい、
  3. 生産指標要件を撤廃して欲しい、
  4. 法定帳簿類の未整備が散見される小規模事業者からの依頼については、不正受給による社労士の連帯責任を免除して欲しい、
  5. 窓口ごとに異なるローカルルールを撤廃して欲しい、
  6. 助成金センター等、窓口の電話が繋がりにくいので回線を増やしてほしい、
  7. 要件やマニュアルが頻繁に変更されるので申請側、審査側双方に混乱を解消して欲しい、
  8. 助成金申請の電子化を図って欲しい

などが現場の声として厚生労働省に伝えられ、雇用調整助成金の要件緩和など問題の改善につながった。雇用調整助成金の特例措置の内容については、第2節で小松が述べてきたが、独立行政法人労働政策研究・研修機構の資料が分かりやすく整理されているので引用して紹介する。



出典:雇用調整助成金のコロナ特例について (独)労働政策研究・研修機構 pp.4-6

申請手続きにあたる社労士としては、特例措置の内容で特に、生産指標要件の緩和及び添付書類(エビデンス資料)の簡略化と、法定帳簿が整備されていない中小・零細企業の依頼について社会保険労務士が連帯責任を問われないことが、スムーズな助成金の受給と申請件数の増加に貢献できたと考えている。

2.社会保険料の標準報酬月額の特例改定に関する総括

社会保険料の随時改定は、毎年9月に定時決定される社会保険料が、昇給や降給によって給与額に変動があった場合に、変更があった月から3か月分の給与総額を平均し算出した額が、健康保険・厚生年金保険の保険料額表で2等級以上の変動があった場合に改定するものであるが、特例改定は、新型コロナウイルス感染症の影響に伴う休業で著しく報酬が下がった場合に、通常の随時改定によらず、給与が下がった翌月から改定を認めるものである。

要件としては、被保険者の十分な理解に基づく事前の書面による同意が必要となる。なぜなら下がった標準報酬月額が、年金や傷病手当金、出産手当金などの給付に反映され、将来の受給額が減額となるからである。

特例改定は、第1回目の緊急事態宣言が発出された、令和2年4月から令和2年7月に実施され、その後延長、再延長、再々延長され、令和4年9月までの時限的な施策となっており、雇用調整助成金の特例措置期間と重複する。

特例改定の内容については日本年金機構のウエブサイトで確認することができ、お知らせとして掲示されているが、施策の目的については確認することができなかった(厚生労働省リーフレット 標準報酬月額の特例改定について)。

https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2021/0810.files/leaflet.pdf

 

国の社会保障制度は、医療・年金が制度の柱となり社会保障費が歳出の3割を占めている。国民誰もが平等に医療を受けられ、年金制度が国民のライフリスクに対するセーフティーネットとなっているのは周知のとおりである。

コロナ禍におけるこの特例改定は、目先の給与手取額の補完と、コロナ禍で業績が悪化した事業主に対する法定福利費の圧縮と考えられるが、第4節で黒澤が論じたように、利便性は悪く実効性に乏しい。コロナ禍における国民のセーフティーネットとして、給与手取額の目減り防止を目的とするなら、被保険者の同意が必要な特例改定に合理性がない。特例改定を選択する不利益を被保険者が正確に把握できなければ、同意するか否かの判断も悩ましいものになるのではないか、と考える。

新型コロナウイルス感染症拡大により休業や時短勤務を余儀なくされた結果、給与が減額となったのであればその休業期間中の社会保険料は、育児休業中と同様に社会保険料を全額免除とし、かつ給付額にも反映させないものとするべきはないかと思う。

合わせて、自営業者やフリーランスにも配慮した、国民健康保険税、国民年金保険料の減免も合わせて検討されていれば、コロナ禍における国民のセーフティーネットとして機能したのではないか、ということを述べ、第3章の総括とする。