第4章 第4節 ダイバーシティとインクルージョン

第4章 第4節 ダイバーシティとインクルージョン

千鳥ヶ淵研究室 主任研究員 小松 容己

 

前節では、選択型週休3日制度について論じてきたが、本節では、ダイバーシティとインクルージョンに関する事柄について述べていく。

 

1、はじめに

 

わが国は、世界各国と同様にコロナ禍によって人的・経済的損害をもたらしたが、労働環境の視点で言えば、時間や場所を問わない働き方へと繋がって、働き方改革を促進している。

実際に、人材版伊藤レポート(持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書)においては、時間や場所にとらわれない働き方を選択できる就業環境が進んでいると記述がある。

また、人材戦略の具体的な内容として、5つの共通要素を挙げているが、そのうちの1つに「個々の人の多様性が、対話やイノベーション、事業のアウトプット・アウトカムにつながる環境にあるのかという要素」(知・経験のダイバーシティ&インクルージョン)を挙げている。

近年は、ダイバーシティだけでなく、インクルージョンの関心も高まっているため、改めてダイバーシティとインクルージョンについて整理していく。

 

2、ダイバーシティとインクルージョンの違い

 

ダイバーシティは、直訳すると多様性になる。ビジネスで言えば、女性、障害者、外国人等といった表面的な多様性だけでなく、労働者の考え方、思想、アイデアといった意味も内包していると考えられる。

一方で、インクルージョンは、直訳すると包含と言った意味になり、元は教育の分野で使われた考え方であり、障害を持った子供が社会に参画することをインクルーシブ教育と呼んでいる。障害を持っているからという理由で養護学校等に通学するのではなく、他の子供たち同様の学校に通学し、障害の有無にかかわらず、各人の能力を伸ばす教育を目指すという考え方である。

ビジネスに言われるインクルージョンという考え方は、インクルーシブ教育が元にあり、

組織に含まれる労働者の価値観や意見が尊重され、認められることを指すとされている。

ダイバーシティは、多様性な人材が集まっている状態であり、その多様性を認める考え方である。そして、インクルージョンは、多様な人材が集まり、相互に機能している状態であり、各人の考えた方等を認める考え方と整理することができる。

近年、経済産業省でも推進されているダイバーシティ経営もそうであるが、ダイバーシティ&インクルージョンという考え方は、多様性を認めるだけでなく多様な人材を活かし、その能力を発揮できる場を提供することで価値を生み出すということである。

ダイバーシティ&インクルージョンが重視されてから随分と時間が経つが、SDGsへ取り組み(2015年9月に開催された国連サミットにおいて採択された目標で、日本語で直訳すると「持続可能な開発目標」とされる。これには、17のゴールと169のターゲットで構成され、2030年までに誰一人取り残さない持続可能で多様性と包括性のある社会の実現を目目指す取り組み)やグローバル化の影響、少子高齢化による労働力人口の減少によって今後ますますダイバーシティ&インクルージョンの推進が課題となっていくと考えられる。

 

3、取り組み

 

1)女性活躍推進

ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みとして最も多く挙げられるのが、女性の活躍推進だろう。女性活躍の取り組みは、2016年に施行された「女性活躍推進法」を軸に加速したといえる。いまや女性の活躍は、企業の持続的成長や人材の多様性を実現するため、経営戦略には不可欠な要素とされている。

しかしながら、取り組みの一つとされている女性管理職を有する企業割合は、係長相当職ありの企業では21.0%、部長相当職ありの企業では12.1%(厚生労働省「2022年度雇用均等基本調査」)と、以前と低いことが読み取れる。業種・業界で様々だが、課題を正確に把握し、その課題解決に向けて取り組んでいる企業は着実に成果が上がっていることから、成功事例として多くの企業は参考にすべきところである。

 

2)外国人労働者の雇用

ダイバーシティ&インクルージョンの一つである外国人労働者の雇用は、ビジネスにおけるグローバル化に対応するためである。企業の取り組み例としては、考え方や文化が異なる外国人労働者が活躍できる職場環境を整備することや優秀な人材を集めるために海外で開催される就活イベントに参加するケースもあるようだ。

 

3)障がい者の雇用

障がい者雇用は、前述したインクルーシブ教育の考え方と同様に重視されるべき取り組みである。企業によっては、障がい者がスキルアップできるように資格取得の支援制度や社内に障がい者向けの相談窓口の設置などを実施している。

また、国も障がい者雇用率に相当する人数の障がい者の雇用を義務付けている。

 

4)シニア層の雇用

シニア層は専門知識を有しており、人手不足になると言われるわが国にとっては貴重な人材である。企業によっては、雇用していた社員に継続して働いてもらえるように再雇用する上限年齢を上げ、又は定年制度の廃止などの取り組みを実施している。

2021年4月に施行された改正高齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保が義務、65歳から70歳までの雇用確保が努力義務と定められ、国としても希望するシニア層が働くことができる土壌作りを積極的に行っている。

 

5)LGBTへの配慮

LGBTへの配慮もダイバーシティ&インクルージョンでは重要である。社員同士で多様な価値観を認め合っている企業では、ビジネスにおける競争力も高くなりやすいといえる。そのため、LGBTといったマイノリティな価値観を受容することは、高い競争力が求められる近年のビジネスでは重要であることが伺える。

日本企業では、今でも性的マイノリティに対する理解が乏しいケースが多く、雇用を促進する前にLGBTといったマイノリティへの理解を深めるための取り組みが必要である。このような取り組みを行っていないと、優秀な人材が退職する可能性もある。企業によっては、LGBTの差別禁止を社内規定に明記したり、LGBTへの理解を補うためのセミナー受講を行う等している。

 

4、おわりに

 

ダイバーシティ&インクルージョンは、もともと米国で生まれた考え方で、多くの先進諸国で取り組まれている。ただし、日本企業では、まだまだダイバーシティ&インクル―ジョンの考え方が浸透されていない。

今、ダイバーシティ&インクルージョンの推進を阻害する要因として、アンコンシャスバイアスが注目されている。アンコンシャスバイアスとは、「無意識の偏見」や「無意識の偏った考え方」等と訳される。どのような立場の人であれ、この考え方に陥りやすいとされているので、近年では、誰しもがアンコンシャスバイアスという考え方を持っているということを認識させる研修等が行われている。多くの人がアンコンシャスバイアスを認識すれば、上述の通り、ダイバーシティ&インクルージョンはより推進していくものと思われる。

また、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するためには、職場環境・制度作りが必要になってくる。例えば、評価制度はあるが、年齢や勤続年数に応じて評価が上がる年功序列型制度であると、人材も集まらなくなる。明確に評価基準があれば必然と人材も集まってくるだろう。

今後は、ダイバーシティ&インクルージョンの必要性がますます高まるとされるので、人材確保ということはもちろん、社会貢献にも繋がることを意識していく企業が増えていくものと考えられる。

 

次節では、第1節から第4節を総括し述べていくこととする。